自分を幸せにする方法

世界にひとりしかいない自分を幸せにする!

自分らしく、その場にいること

毎日生活をしていると、自分ひとりの中にも
いろんな自分(性質)があるのを感じる。

 

自分の置かれた状況において、対応が変わったり、
話し方が変わったり、時には他人に与える印象としての
性格すら変えてしまったり。

 

例えば、あくまでも例です。

 

同年代の殿方と出かける時には
さばさばした気のいい女友達みたいな感じで居たり。

 

年上の殿方と出かける時には、
ちょっと賢い風の大人の女性を
演出してみたり。

 

年下の殿方と出かける時には、
天真爛漫、「悩みなんてありません」って
笑顔で過ごしてみたり。

 

一般的に、とひとくくりにしてはいけないのだけれど
「自分らしくあること」が大切と言われている気がします。

頭ではわかるけど、実際にその場になると、
その場で求められている「自分」を演じてしまうことって
ないですか?

 

合コンベストパートナーの参謀Y。

私が参戦する合コンでは、どちらかというと
私が「猪突猛進」でガンガン切り込んで(?)場を
盛り上げます。
※実際に盛り上がるかどうかは置いておく

 

その横で、参謀Yは、ニコニコしながらも、
的確なフォローで殿方を持ち上げていきます。

 

そして・・・もし、私が合コンに参戦して
いない場合には、参謀Yが自らの身を挺して
その場を盛り上げるべく、「超三枚目」に
なっているのです。

 

 合コン翌日に、参謀Yからのメール。

 

「たまごちゃん、私、昨日も意味もなく
頑張って盛り上げてしまったよ・・・
(そしてまた酔っぱらってしまった)」

 

 このメールからうかがえるのは、決して
我が身を挺して、場を盛り上げることは
参謀Yが望んでいることではないようです。

 

が、しかし、場の空気がシーンとしていたり、
盛り上がらなかったりすると、ついつい
自分の本来のキャラクターとは違うものを
ひっぱり出してきて、盛り上げようと
してしまうんだろう。

 

空気を読む、ってここ数年良く耳にするけど
参謀Yは、きっと空気を読んで「こうしたらいい」と
あくまでも個人的思考に従って盛り上げていると思う。

 

私も同じだから、良く分かる。

 

でも、それって本当に求められている「空気読み」
なんだろうか?

 

って言うか、たかが合コンの盛り上げ方一つで
こんなに考えを巡らす、私、ある意味、暇か?

 

伝えたかったのは、誰かの空気を読んで
ずっと生きていると、いつか自分の空気が
読めなくなって、辛くなるかもしれないよ、ということ。

 

他人の空気の中では、自分が息苦しくなっちゃうよ。

 

私なんて、その息苦しさに慣れているから、
たまに、携帯酸素を持って現れる殿方に
出会ったりしたら、あっという間に
恋に落ちちゃうからね。

 

女性泣かせの、この言葉。

「君(黄身)はそのままでいいんだよ・・・」